海馬〜記憶と空間認識、感情制御の調節〜

Vol.2でお伝えしたように、脳には神経可塑性があり、損傷した脳細胞を修復したり、新しく神経ネットワークを形成したりすることが可能です。マインドフルネスの実践により神経可塑性が促され、脳の機能と構造が変化することが、複数の脳科学研究により明らかになってきました。

 

この背景には、fMRIなど医療測定器の神経画像技術の発達があります。これらの医療測定器を活用して、灰白質(中枢神経系で神経細胞の細胞体が存在している部位)の体積を測定したり、皮質(大脳の表面に広がる、神経細胞の灰白質の薄い層)の厚さを測定したりすることが可能になり、マインドフルネスが脳に与える影響を可視化して確認することができるようになりました。

 

Vol.3では、海馬についてお伝えします。海馬は、記憶に関わる領域と認識されている方が多いかと思います。海馬は、30秒くらい継続する短期記憶を担っています。短期記憶は、何かの作業をするために短い時間だけ覚えておく必要のある記憶で、その作業が終わってしまえば忘れてしまうもので、ワーキングメモリ(作業記憶)とも呼ばれます。実は、海馬は記憶以外にも知覚プロセスにおける重要な役割を果たしており、学習や感情制御の調節に関与していることが知られています。感情の調節に寄与していることから、継続的なマインドフルネスの実践によるこの領域の構造的変化は、感情的反応を調節する機能の改善を反映すると考えられています。

 

例えば、マインドフルネスを実践することで、海馬の灰白質の体積が増大することが確認されています。マインドフルネスの脳研究で有名なハーバード大学のサララザー教授によれば、8週間のマインドフルネスの実践により海馬の灰白質が5%増加し、萎縮していた海馬が回復したことが確認されています。海馬は、記憶と空間認識、感情制御の調節をする領域と考えられ、Vol.2でお伝えしたロンドンのタクシードライバーの神経可塑性の研究の対象となった領域です。

 

左海馬の体積が5%増加

この事例は、2010年にマサチューセッツ総合病院、ハーバード大学医学部等が実施した研究結果です。健康な瞑想未経験者16人が8週間のマインドフルネスプログラム(MBSR)を実践し、その前後にfMRIで画像解析を行い17人の非実践者と比較するという研究内容です。結果は、マインドフルネスの実践前後で、左海馬内の灰白質体積が5%増加したことが確認されました。海馬の構造が変化しているという結果は、学習および記憶プロセス、感情調節、自己参照処理を改善することを示唆していると考えられています。また、同研究で、実践者たちの後帯状皮質、側頭頂接合部、および小脳の灰白質濃度の増加が確認されています。

 

記憶や学習、空間認識に関わる部位である海馬は、知覚プロセスにおける重要な役割も果たしており、感情制御の調節にも関与していることが知られています。記憶機能においては、ワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれる30秒くらい継続する短期記憶を担っています。短期記憶は、何かの作業をするために短い時間だけ覚えておく必要のある記憶で、その作業が終わってしまえば忘れてしまうものです。マインドフルネスの実践によるこの領域の構造的変化は、記憶力や学習プロセスを向上させ、仕事の作業効率を高めたり、迅速で正確な意思決定をする上で必要となる判断力を向上させたりすることが見込まれます。

 

(研究事例1 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3004979/

 

時期 2010年
実施者 マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学医学部、ギーセン大学(独)他
被験者 MBSR(※)参加者16人と非参加者17人、平均年齢38歳
内容 MBSR8週間プログラム(平均27分/日)実践前後のMRIデータを解剖学的に分析
結果 左海馬、後帯状皮質、側頭頂接合部、および小脳の灰白質の体積増加を確認した。
考察 MBSRへの参加が、学習および記憶プロセス、感情調節参照処理に関わる脳領域を増加させると考えられる。

(※) MBSRは、Mindfulness Based Stress Reductionの略で、米国で最も普及しているマインドフルネストレーニングプログラムの1つ。

 

 

右海馬の体積が増加

この事例は、2009年にUCLA医科大学とイエナ大学が実施した研究結果です。マインドフルネスの長期実践者の脳の構造変化を解剖学的に分析した結果、右海馬及び右眼窩前頭皮質の灰白質の体積が有意に増加したことが確認されました。記憶や学習プロセスに関わる海馬は、感情の調節にも関与していると考えられています。感情に対する反応を上手に調節することができない人は、海馬の機能障害を有する可能性が示唆されており、うつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのストレスが原因となる心の病は、海馬の密度または体積の減少に関連していると考えられています。マインドフルネスの実践による海馬の構造的変化は、感情反応の調節を改善することで、肯定的な感情を育成し、安定的な感情を保ち、注意深い行動を可能にし、ビジネスシーンで必要とされるコミュニケーションの向上や信頼関係の構築に寄与すると考えられます。また、感情のコントロールが上手になりストレスマネジメントにも有効であると考えられます。

 

(研究事例2 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3184843/

 

時期 2009年
実施者 UCLA医科大学、イエナ大学(独)
被験者 マインドフルネス長期実践者(5年〜46年)22人と非実践者22人、平均年齢53歳
内容 ハイレゾMRIデータを活用し長期実践者の脳構造の変化を解剖学的に分析
結果 右海馬及び右眼窩前頭皮質の灰白質の体積が有意に増加した
考察 右海馬及び右眼窩前頭皮質は、感情調節および反応制御に関与しているため、マインドフルネスの実践により肯定的な感情を育成し、感情の安定性を保持し、注意深い行動をとる能力と習慣を養うことができると考えられる。

 

 

記憶力に効果

この事例は、2018年にマサチューセッツ総合病院が実施した研究結果です。4週間のマインドフルネスの実践で、記憶力の向上が確認されました。4週間プログラムには、6つのマインドフルネスのプログラムと3つのライティングのプログラムが含まれ、マインドフルネスプログラム参加者50名とライティングプログラム参加者29名に分けられ、ランダムな順序で各プログラムが提供されました。ウェブベースで1時間のクラスが週4回行われ、参加者はウェブカメラを介して先生や他のグループメンバーとコミュニケーションを取ることができます。また、両方のプログラムの参加者は、Webポータルを介して、1週間に5回、30分間の自己練習を求められます。

 

記憶力を測るタスクは約20分かけて行われ、コンピュータを使用して合計144回のテストが繰り返されます。1秒間のポーズ後、2秒間 6文字のアルファベット(①)がディスプレイに表示され、記憶するよう求められます。次に3秒間のポーズ後、2秒間アルファベット1文字が表示され、6文字のアルファベット(①)と一致するかどうかを判断します。次に5秒間のポーズ後、新たな6文字のアルファベット(②)が表示されます。この②の6文字は、①で表示された3つの文字と新規の3つの文字から構成されます。次に3秒間のポーズ後、4つのアルファベットが表示され、①と②両方に表示された文字、①にのみ表示された文字、②にのみ表示された文字、①と②どちらにも表示されなかった文字を分類、判断します。

 

このようなプログラムとタスクを実施した結果、4週間のマインドフルネス実践者のタスクエラー率がライティングプログラム参加者よりも低く、マインドフルネスの実践が記憶力に効果があることが確認されました。

 

(研究事例3  https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11682-018-9858-4

 

時期 2018年
実施者 マサチューセッツ総合病院
被験者 マインドフルネスプログラム参加者50名とライティングプログラム参加者29名、平均年齢27歳
内容 4週間のWebベースのマインドフルネストレーニングプログラム(週4時間のクラス、30分/日の自己練習)またはライティングプログラムに参加後、記憶力評価タスクを実施し、海馬の体積変化率をMRIで評価
結果 マインドフルネスプログラム参加者のタスクエラー率はライティングプログラム参加者に比べ有意に低く、プログラム後の海馬の容積変化率は有意性を示さなかったものの、左海馬の体積増加と相関関係を示している。
考察 マインドフルネスの実践が、推論、学習、および問題解決に不可欠な能力である作業記憶の向上に有効であり、左海馬の体積増加が関連していると考えられる。構造的な海馬の変化にはより長い期間の実践が必要と考えられる。

 

 

マインドフルネスの実践が海馬を活性化

このように、マインドフルネスの実践が、海馬を活性化し、その機能と構造を変化させることが、研究結果で示されております。このコラムで記載している研究結果以外にも、マインドフルネスの実践が海馬に影響を与えていることを示す様々な研究結果が報告されています。

 

海馬は、記憶や学習、空間認識に関わる領域で、マインドフルネスの実践により、記憶力や学習プロセスが向上し、仕事の作業効率を高めたり、迅速で正確な意思決定をする上で必要となる判断力を向上させたりすることが考えられます。また、海馬は、感情の調節にも関わっており、マインドフルネスの実践により、感情反応の調節を改善し、肯定的な感情を育成し、安定的な感情を保ち、注意深い行動を可能にし、ビジネスシーンで必要とされるコミュニケーションの向上や信頼関係の構築に寄与すると考えられます。また、感情のコントロールが上手になりストレスマネジメントにも有効であると考えられます。

脳内ネットワーク

マインドフルネスの効果を考える上で、脳の働きや構造を抜きには語れません。脳は寝ていても目覚めていても様々な情報を受け取り、四六時中働いています。情報というのは、主に電気信号や化学物質(神経伝達物質)になるのですが、これらの情報が脳の中の約千数百億個の神経細胞で常時受け渡しが行われています。この情報の受け渡しの頻度が高くなってくると、その神経細胞同士のつながりが濃くなっていき、脳内に神経のネットワークが形成されていきます。
例えば、自転車を乗れるようになるためには、最初は補助輪を付けたり、誰かに支えてもらったりしながら、工夫や練習を重ねることで段々とバランス感覚が養われていきます。時には倒れたり、転んだり、上手く乗れないながらも、繰り返し練習をしていくと、脳の中では自転車を乗るのに必要な、運動やバランスに関わる領域のネットワークが刺激され、ネットワーク間の情報の受け渡しが安定的に行われるようになり、やがて自分自身の力で自転車に乗ることができるようになっていきます。繰り返し脳に刺激を与えることで、脳は学習していき、神経細胞がネットワークを構築していきます。脳はその時の動作やそれに伴う感情、感覚を覚えていき、より機能的に反応するようになり、脳の構造自体が物質的に変化をしていきます。

 

プラスチックのような脳

このように刺激に対して、脳の機能や構造が変化していくことを「神経可塑性」と呼び、神経には環境に応じて柔軟に変化する力がある性質のことを表現しています。神経可塑性は、英語でNeuroplasticityと表記されます。Neuro(ニューロ)は「神経」を意味し、plasticity(プラスティシティ)は形状が変わるプラスチックのように「適応性があって融通のきく性質」を意味します。ペットボトルのようなプラスチック製品は、材料に熱を加えドロドロに溶かし、型にはめて、冷却して固形化していきます。材料をドロドロに溶かす加工工程を可塑化(プラスティシティ)と表現するんですね。

 

「あなたの脳はプラスチックでできている?!」という本ブログのタイトルは、「脳の材料がプラスチックですよ」ということではなくて、「脳はプラスチックのように形と機能が変わりますよ」ということを意味しています。脳はプラスチックのように柔らかい状態であり、刺激を加えることで、段々とそのネットワークが活性化され、その機能や構造が発達していくのです。

 

「脳細胞は死んでいくだけ」は過去の話

脳は千数百億個の神経細胞が互いにつながりあい、神経回路を構築することで特定の機能を発揮します。この神経回路は3歳ごろまでに劇的なスピードで作られ、柔軟に変化させながら9歳ごろまでにその土台が作られていきます。その後も神経細胞がつながり、20歳ごろには、脳神経のネットワークが完成します。

 

1990年代頃まで従来の脳科学において、神経可塑性は幼少期に終了し、成人してからは神経可塑性が働かず、脳は固定的で、機械的で、確実に衰えていくものだと考えられていました。「脳細胞は死んでいくだけ」というイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、神経画像技術が発達し、fMRI(機能的磁気共鳴装置)などの医療測定器が開発されたことにより、様々な科学的な研究が進展し、この考え方が覆りました。近年の科学的な研究の結果、脳の実際の姿は全く異なり、驚くほど変化する力があり、何歳になっても神経可塑性が働き学習や経験を生かして、脳は新しいネットワークを形成し、発達していくことが明らかになってきたのです。頭に浮かんでは消える思考レベルの、表層的な変化ではなく、脳の物理的な構造において、変化が現実に起きることが確認されています。

 

例えば、従来は自動車事故などで脳が損傷し、神経細胞やシナプス(神経細胞同士のつながり部分)が失われると、損傷した神経細胞が回復することはなく残された脳機能を駆使するしかないと考えられてきました。しかし、最近の研究では、損傷によって喪失した神経細胞とシナプスが、近隣の神経細胞によって補われ、失われた神経細胞間の接続が回復し、傷ついた神経ネットワークが再生されることが分かってきております。

 

ロンドンのタクシードライバーはカーナビ以上?!

(研究事例1)

時期   2000年

実施者  ロンドン大学

被験者  タクシードライバー 16人と非タクシードライバー50人(対照群)、平均年齢44歳

内容   タクシードライバーと対照群のMRIデータを解剖学的に分析、比較

結果   タクシードライバーの左右の海馬後部(※)は、対照群に比較し体積がより大きく、対照群の海馬前部(※)は、タクシードライバーに比較し体積がより大きいことを確認した。右海馬は、ドライバー経験との間で相関関係があることを確認した。

考察         タクシードライバーと対照群の間には脳の構造的な違いがあり、タクシードライバーとしての知識と経験が脳の構造を変化させたと考えられる。

出典 Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers

(※)海馬後部は、空間認識と関わりがあり、海馬前部は情動を伴う記憶形成に関わりがあると考えられている。

 

成人してからも神経可塑性が働くことを証明した有名な研究に、ロンドン大学のエレノア・マグワイア教授によって2000年に行われたロンドンのタクシードライバーの調査があります。ロンドンに行かれたことがある方はご存知かと思いますが、ロンドンの道は非常に複雑で入り組んでおり、東京駅周辺のように整然としておらず、どのルートが一番近い道か判断するのが難しいと言われております。カーナビゲーションシステムがあまり普及していない当時は、より一層タクシードライバーの情報と感覚が頼りとされていたことでしょう。ロンドンのタクシードライバーは即座に最短ルートを提示することができ、その位置把握能力は卓越したものがあります。サービスの質を担保するため、ロンドンのタクシードライバーは、非常に難関な「ナレッジ(知識)」と呼ばれるテストに合格しなくてはなりません。このテストに合格するには、平均3年の歳月がかかると言われており、2万5千にも及ぶロンドンのあらゆる通りの名前と2万を超える建物の名前を記憶し、地図を見ないで出発地点から到着地点までのナビゲーションができなくてはなりません。瞬時に最短ルートを判断するためには、空間認識や位置感覚、情報の整理統合が求められます。脳の中でこのような機能を果たすのが、主に空間認識や記憶に関わる「海馬」という領域になります。

 

本研究においては、この海馬の大きさを通常の成人とタクシードライバーで比較調査しました。結果は有意にタクシードライバーの海馬後部が大きく発達していることが確認されました。また、キャリアが長い人ほど海馬が大きく発達していることも分かりました。さらに、見習い運転手を調査すると、海馬が大きく発達している人ほど、「ナレッジ」に合格する人が多いという相関関係があることも分かりました。この事実は、脳の神経可塑性が、成人になっても失われておらず、訓練次第では、脳の機能と構造が変化していくことを証明していると考えられています。

 

可能性を広げるマインドフルネス

 

テストのような記憶に関わる部分においてのみ、脳の神経可塑性が発揮されるわけではありません。私たちの行動や思考がニューロンに、そしてニューロン同士の結びつきに影響を与え、その結果、新たな脳神経回路を構築し、神経ネットワークが活性化していき、脳の回路の働き方が実際に変わることが確認されており、マインドフルネスはその有効な手段と考えられています。つまり、私たちはマインドフルネスの実践(例えば、呼吸法や瞑想法など)を通じて神経可塑性を促進し、脳をトレーニングすることで、脳を意図的に変えることができるということです。

 

一方で神経可塑性は、諸刃の剣でもあります。新しい経験で脳を刺激してやらなければ、物事の対処の仕方や信念は固定化し、簡単には変化しなくなるのです。そして、脳のある部分を使わずにいたら、その部分は徐々に機能が低下していくリスクが高まっていきます。しかしながら意識的に脳をトレーニングすることにより、すっかり凝り固まった回路を変化させることも可能となるのです。マインドフルネスは、この神経可塑性を利用することで、私たちの世界観を変化させる可能性を与えてくれます。

 

例えば、神経可塑性が高く、変化しやすいと考えられている脳の領域として、海馬や扁桃体があります。海馬はストレス等で委縮すると、うつ病の原因になると指摘されている部位です。偏桃体はストレスの不安や恐怖に反応する部位で、偏桃体が小さくなると、ストレスに過剰反応しにくくなります。米国・ハーバード大学の研究によると、8週間のマインドフルネスの実践で海馬が5%増加し、扁桃体が5%減少したことが確認されています。

 

神経可塑性は、個人の可能性を広げることを意味します。生まれた瞬間は、圧倒的に遺伝子により能力が決まりますが、マインドフルネスを実践しこの神経可塑性を活用すれば、先天的な不利を覆し、脳が健康である限り、能力を付け加えていくことができるのです。この瞬間もあなたの脳は変化を続けており、新しい現実を生み出しているのです。

欧米で受け入れられた理由

 故スティーブ・ジョブズ氏(アップル社の共同設立者)やビル・フォード氏(フォード・モーター社会長)、アリアナ・ハフィントン氏(ハフィントン・ポスト創設者)などの著名な経営者がマインドフルネスを実践しています。Google社、Intel社、Facebook社、LindedIn社、Oracle社などの大企業がマインドフルネスを人材開発の研修プログラムとして企業導入しています。スタンフォード大学、カリフォルニア大学、マサチューセッツ大学、ハーバード大学などの教育機関では、マインドフルネスの教育及び研究が盛んに行われ、医療機関でも積極的にマインドフルネスが導入されています。NBAのプロバスケットボールチームやオリンピックのナショナルチームがチームビルディングやメンタルトレーニングのためにマインドフルネスを活用しています。イチロー選手やジョコビッチ選手のような一流アスリートがメンタルを整えパフォーマンスを最大化するためにマインドフルネスを実践しています。イギリスでは、国家プロジェクトとして様々な分野でマインドフルネスを導入していくことを検証、提案しています。

 なぜ、激しい競争社会の中でハードワークをこなす成功者達が毎日貴重な時間を割いてまで、マインドフルネスを実践しいるのでしょうか。また、なぜ、国家のプロジェクトとしてマインドフルネスの調査研究が進められているのでしょうか。

 それは、宗教性が排除されマインドフルネスの効果が脳科学で実証され、臨床データが蓄積され理論的な枠組みが示されているからです。

 マインドフルネスは、仏教の禅をベースにしているものの宗教性が排除されており、誰もが実践しやすいシンプルな方法を考案することで、経営者、ビジネスパースン、アスリート、学生、主婦などに幅広く受け入れられています。脳科学の研究が進んだことと臨床データが蓄積され、マインドフルネスの効果が科学的に実証されたことで、人材開発やストレスケアの観点から、企業、医療機関、教育機関でマインドフルネスの導入が広まりました。ビジネス分野においては、ストレスケアをはじめ、人材開発と組織活性化による経営力強化のための効果的なプログラムとして認識され企業導入が広がってきました。マインドフルネスの実践により、集中力や創造力、記憶力、レジリアンスを高め、自己管理能力や対人関係を強化し、個人の職務遂行能力が向上することが期待されます。また、共感力や洞察力を高めコミュニケーション能力や意思決定能力が向上し、リーダーシップが発揮されることが期待されます。

 アメリカでは、1979年にジョン・カバット・ジン博士(マサチューセッツ大学医学大学院教授・同大マインドフルネスセンターの創設所長)がマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を開発し、医療分野でマインドフルネスが広まりました。MBSRでは、患者の症状に対する認知の変化や症状の改善が期待され、様々な臨床データが蓄積されました。また、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)などの脳の状態をモニタリングする医療測定器の発達に伴い、マインドフルネスの有効性を科学的にアプローチすることが可能となり脳神経科学に基づいたエビデンスが蓄積されました。例えば、マインドフルネスを実践している人と実践していない人の脳の状態を比較したり、マインドフルネスを実践する前と後を比較することで、その効果を測定します。また、ダライ・ラマが「マインドフルネスと脳科学の研究」に高い関心を示し研究機関の様々な調査に積極的に協力しています。瞑想経験豊富な僧侶の脳の状態と一般人の脳の状態を比較調査することが可能となり、マインドフルネスの効果が科学的なデータに基づいて立証されてきています。

 2007年にGoogle社がマインドフルネスプログラムSIY(SerchInsideYourself)を開発しました。SIYは誰もがマインドフルネスを実践できるようにシンプルにプログラム化されたものです。元々は人材開発、生産性向上のためにグーグル社員向けに開発されたプログラムでしたが、同プログラムの開発者であるチャディー・メン・タン氏のマインドフルネスによる世界平和の実現という想いからGoogle社外にオープン化されました。これをきっかけにシリコンバレーを中心にパフォーマンス向上、人材開発、リーダーシップ開発の方法としてマインドフルネスの企業導入が活発化しました。

 イギリスでは、2015年に「MINDFUL NATION UK(マインドフルな国家 英国)」というレポートが議会に提出され、マインドフルネスの可能性についての調査結果と政策が提案されています。国家プロジェクトとして、健康、教育、職場、司法の分野でマインドフルネスを推進していくという提案内容は、国家の将来を見据えた先進的な試みとなっております。各分野において、対象者を設定し、プログラム、トレーニングとして提供することを前提とし、再現性を認め、一定の効果が期待されています。2016年には、「職場におけるマインドフルネスの組み立て事例」として、BT社、アーンスト・アンド・ヤング社、ゼネラル・エレクトリック・カンパニー社、HSBC社、ジャガーランドローバー社などを対象にした調査結果が報告されています。レジリアンス・ストレスケア、人間関係、リーダーシップについての調査が含まれ、引き続き科学的な検証が必要ではあるものの、いくつもの文献調査とメタ分析を踏まえると職場におけるマインドフルネスの有効性についての定性的な証拠が十分揃っていると報告がされています。

日本の現状

 日本においても、マインドフルネスは雑誌やテレビ、インターネットなど各メディアで特集が組まれたり、様々なマインドフルネス関連の書籍が出版されるなどその注目度は高まってきています。人材開発やリーダーシップ開発、組織活性化、健康経営に課題を抱えている企業からの高い関心も伺えます。「働き方改革」「ワークライフバランス」が標榜され、企業がいかに人と向き合うかを模索する上で、今後マインドフルネスの重要性はますます高まっていくものと考えられます。日本の企業も、企業の使命である利益追求を、短期的な成長から、長期的な成長にシフトチェンジするために、環境、社会、企業統治に注意を払い社会的責任を果たし始めました。Mindfulness Projectは、その最も基盤となる人に対して、どのような姿勢で企業が向き合っていくのかが、日本の社会形成においても重要な課題と考えております。ストレスケアやセルフマネジメントなどの健康増進の側面とリーダーシップ開発や組織活性などの生産性、効率性向上の側面の両面において、マインドフルネスは有効な解決方法として期待されています。ヤフー株式会社、株式会社クレディセゾン、株式会社LIFULLなど、すでに企業の研修プログラムとして導入し始めている企業も現れています。その導入効果が認識されるに従い、欧米各国のようにマインドフルネスに関する取り組みが様々な分野において、ますます活発化していくことが期待されております。