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メソッド

Method

神経科学

Neuro Science

マインドフルネスは科学的にその有効性が示されるに従い、医療やビジネスだけでなく、学校やスポーツ、刑務所など様々な場所に広がっていきました。

マインドフルネスの研究論文:年間2800件超(2020年)

下記のグラフは、1970年〜2020年のマインドフルネスに関する研究論文数(PubMed)です。40年前には年間数件程度だった研究論文は、2020年には2800件を超えました。この間、fMRI(磁気共鳴機能画像法)などの医療機器が発達し、マインドフルネスによる脳の変化が可視化できるようになり、その効果が神経科学と結び付けられて考えられるようになりました。科学者たちは、マインドフルネスを脳の機能と構造を変える神経可塑性をもたらす心のトレーニングとして認識し、マインドフルネスを科学の対象として捉え盛んに研究活動を行なうようになりました。

1979年にマサチューセッツ大学で医療向けのストレスマネジメントプログラム「MBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)」が開発され、2007年にはGoogle社でリーダーシッププログラム「SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)」が開発されました。2013年には、高額医療費を国家レベルで抑制する目的で、バラク・オバマ前大統領が脳の仕組みを解き明かす「Brain Initiative」という大統領令を発令しました。アメリカやヨーロッパを中心に、政府主導で脳の仕組みを解き明かすプロジェクトが数多く立ち上がり、経済的な支援を背景に研究活動が盛んに行われるようになりました。

研究事例詳細

マインドフルネスの科学的定義

マインドフルネスが科学の対象になるということは、マインドフルネスに再現性がある証であり、科学的な定義があります。最も広く引用されているものは、1979年にMBSRを開発したジョン・カバット・ジン博士による定義です。

経験の意味を判断することなく、いまこの瞬間だけに意図的に注意を集中することで得られる気づき

マインドフルネスの語源は、パーリ語(仏典用語)の「サティ(sati)」です。「サティ」の意味は、① 言葉以前の気づき ② ありのままの注意 ③思い起こすこと、と主に3つあると考えられています。(※1) 意味が複数あるサティの訳語には、マインドフルネスだけではなく、「気づき(awareness)」「注意(attention)」「想起(retention)」「洞察(discernment)」など様々なものがあります。(※2)

語源の「サティ」に複数の意味がありその訳語も複数あるように、実は、科学界におけるマインドフルネスの定義には、様々なものがあります。この主な理由は、マインドフルネスの実践方法において注意を向けるやり方に違いがあるためです。つまり、マインドフルネスの実践方法は、1つではなく様々なものがあるということであり、その実践方法に応じてその効果も変わってきます。マインドフルネスの代表的な実践方法として、瞑想があります。瞑想には、数十種類のやり方があり、科学的に効果が確認されているものとそうでないものがあることに留意する必要があります。

なお、日本では、マインドフルネスが八正道の「正念」と解釈されることがありますが、実際には、「正念」だけでなく、「正見」「正精進」といった他の八正道の要素と密接な関係を持ちながら、三位一体となって働くことで、マインドフルネスは成り立っていると考えられています。(※3)

(※1)「マインドフルネス 気づきの瞑想」(2012年、バンテ・H・グナラタナ)
(※2)「マインドエクササイズの証明」(2018年、ダニエル・ゴールマン、リチャード・J・デビッドソン)
(※3)  人間福祉学研究論文「日本のマインドフルネス」へ向かって(2014年、藤田一照)

瞑想の科学的定義

瞑想は、マインドフルネスの代表的な実践法です。瞑想にも科学的な定義があります。以下は、ウェスト・ヴァージニア大学のジュリー・ブレフツィンスキー=ルイス准教授による瞑想の定義です。

実践者を特別な種類の心のプロセスに馴染ませるようにデザインされた、一群の心のトレーニング活動

瞑想の語源は、パーリ語の「バーヴァナー」で「培う」という意味で、チベット語では「ゴム」で、「馴染ませる」「習慣づける」という意味です。(※4) 科学的な瞑想の定義は、これらの伝統的な瞑想の意味にとても近いものであり、古来から心のトレーニングとして受け継がれてきたものであるということが分かります。心のトレーニングで、何を鍛えるかというと注意力メタ注意力の2つの能力を鍛えます。

注意力:心によって明瞭で鮮明な形で占有すること
メタ注意力:注意自体に注意を払う能力のこと=自分の注意が逸れたことに気づく能力

この2つの能力が、EIを磨く土台となり、人材の能力開発やメンタルヘルスなど心のスキル向上に貢献します。企業研修でマインドフルネスを導入する際には、導入目的に合致した実践方法でプログラムを設計する必要があります。期待される効果を上げるためには、実践方法と効果の体型的な理解が求められるため、知見のある専門家と相談することをお勧めします。

(※4) サーチ・インサイド・ユアセルフ(2016年、チャディ・メン・タン)

神経可塑性

マインドフルネスについて盛んに研究が行われるようになった背景には、脳の仕組みが解明されるに従い、科学者たちの間で脳の成長に対する考え方が改められ、神経可塑性の考え方が定着していったことがあります。

神経のネットワーク

脳は寝ていても目覚めていても様々な情報を受け取り、四六時中働いています。情報というのは、主に電気信号や化学物質(神経伝達物質)です。これらの情報が脳の中の約千数百億個の神経細胞で常時受け渡しが行われています。この情報の受け渡しの頻度が高くなってくると、その神経細胞同士のつながりが濃くなっていき、脳内に神経のネットワークが形成されることで特定の機能が発揮されやすくなります。この神経ネットワークは3歳ごろまでに劇的なスピードで作られ、柔軟に変化させながら9歳ごろまでにその土台が作られていきます。その後も神経細胞がつながり、20歳ごろには、脳神経のネットワークが完成します。

例えば、自転車を乗れるようになるためには、最初は補助輪を付けたり、誰かに支えてもらったりしながら、工夫や練習を重ねることで段々とバランス感覚が養われていきます。時には倒れたり、転んだり、上手く乗れないながらも、繰り返し練習をしていくと、脳の中では自転車を乗るのに必要な、運動やバランスに関わる領域のネットワークが刺激され、ネットワーク間の情報の受け渡しが安定的に行われるようになり、やがて自分自身の力で自転車に乗ることができるようになっていきます。繰り返し脳に刺激を与えることで、脳は学習していき、神経細胞がネットワークを構築していきます。脳はその時の動作やそれに伴う感情、感覚を覚えていき、より機能的に反応するようになり、脳の構造自体が物質的に変化をしていきます。

変化する脳

1990年代頃まで従来の神経科学においては、脳の成長は幼少期でほぼ終了し、成人してからは、脳は固定的かつ機械的で、確実に衰えていくものだと考えられていました。しかし、神経画像技術が発達し、fMRI(機能的磁気共鳴装置)などの医療測定器によって脳内の活動をリアルタイムで可視化することができるようになり、様々な科学的な研究が進むにつれて、この考え方が覆りました。脳には驚くほど変化する力があり、適切な刺激を与えれば何歳になっても学習や経験を生かして、脳は新しいネットワークを形成し、発達していくことが明らかになってきたのです。

頭に浮かんでは消える思考レベルの、表層的な変化ではなく、脳の物理的な構造において、変化が現実に起きることが確認されています。例えば、従来は自動車事故などで脳が損傷し、神経細胞や神経細胞同士のつながりが失われると、損傷した神経細胞が回復することはなく残された脳機能を駆使するしかないと考えられてきました。しかし、最近の研究では、損傷によって喪失した神経細胞とシナプスが、近隣の神経細胞によって補われ、失われた神経細胞間の接続が回復し、傷ついた神経ネットワークが再生されることが分かってきております。

神経可塑性

このように脳の機能や構造が変化していくことを「神経可塑性」と呼び、神経には環境に応じて柔軟に変化する力があります。テストのような記憶に関わる部分においてのみ、神経可塑性が発揮されるわけではありません。私たちの行動や思考が神経細胞に、そして神経細胞同士の結びつきに影響を与え、その結果、新たな神経ネットワークができたり、活性化されたりして、脳の働き方が変わることが多くの研究で確認されています。

心のトレーニングであるマインドフルネスの実践はその有効な手段であり脳に対する適切な刺激となり、脳の機能と構造を変えていくことが科学的に明らかにされています。この神経可塑性という考え方が定着したからこそ、マインドフルネスが科学の対象とされ、数多くの研究論文が発表されるようになりました。科学の対象ということは、マインドフルネスによる効果に再現性があるということに他なりません。つまり、私たちはマインドフルネスの実践を通じて脳を意図的に変えることができるということです。

先天的な不利を覆す

一方で神経可塑性は、諸刃の剣でもあります。新しい経験で脳を刺激してやらなければ、物事の対処の仕方や信念は固定化し、簡単には変化しなくなるのです。そして、脳のある部分を使わずにいたら、その部分は徐々に機能が低下していくリスクが高まっていきます。しかしながら意識的に脳をトレーニングすることにより、すっかり凝り固まったネットワークを変化させることも可能となるのです。生まれた瞬間は、圧倒的に遺伝子により能力が決まりますが、マインドフルネスを実践しこの神経可塑性を活用すれば、先天的な不利を覆し、脳が健康である限り、能力を付け加えていくことができるのです。マインドフルネスは、私たちの世界観を変化させ固定観念や偏見などのアンコンシャスバイアアスを取り除くことも可能にします。

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