【Vol.14】ワークライフ・インテグレーション 〜認知上の役割転換〜
Mr. SIY:前回は、ワークライフ・バランスの難しさとマルチタスクの非効率性について考えてみました。
ソラ:今回は、認知上の役割転換というテーマでしたよね。
Mr. SIY:はい。その前にワークライフ・バランスについてもう少し考えみましょう。お二人は、ワークライフ・バランスを保つためにどのように対応していますか?
ソラ:とりあえず残業しないようにとか、なんとか時間内で収まるようにとか。
心の旅:目の前のことをどんどん片付けて週末しっかり休もうとか。
Mr. SIY:そのような仕事の仕方で、仕事が終わった後や週末には気持ちを切り替えてゆっくり休めていますか?
ソラ:そう言われると、そういう時もあれば、そうでない時もありますね。
心の旅:仕事のやり残しがあると、家に帰っても仕事のことが気になったり、つい会社のメールをチェックしてしまったり、週末には翌週の予定を確認したくなります。逆にそれがストレスになるというか。
ソラ:あるなあ。頭では休もうとしてるんだけど、心は休めていないというか。プライベートな時間だから仕事のことは考えないようにしようとしても、どうしても気になっちゃうことがありますね。もう1時間やれば、区切りが良いのが分かっているんだけど、労働時間優先で仕事を強制終了して帰った結果、仕事のことが気になって、読書しても子供と会話してもなんだかそわそわしてる。
Mr. SIY:よく分かります。お二人とも線引きをしているということですね。
ソラ:線引きですか??
Mr. SIY:はい。ワークライフバランスに関する最良のアドバイスは、「仕事と私生活の間に明確な線引きをすること」が通説です。
ソラ:あ、ワークとライフを分けるという意味の線引きですね。
Mr. SIY:そうです。線引きをして、仕事が終わったら気持ちを切り替えてゆっくり休むように、というのは一般的な考え方ですよね。たとえば、仕事のメールをチェックする時間帯としない時間帯、携帯電話を持ち込む場所と持ち込まない場所、家に仕事を持ち帰ってよい頻度、などについて厳格なルールを設けますね。
心の旅:はい、境界線を引くから、仕事モードからプライベートモードに切り替えられるんじゃないですか??
Mr. SIY:それでは、お伺いしますが、本当に切り替えられていますか?気持ちもしっかり切り替えられていますか?
心の旅:そう言われると、先ほどお話しした通りでございまして。。。なかなか難しいですね。。。
Mr. SIY:ココタビさん、そんなに落ち込むことはありませんよ。それは脳の自然な反応です。境界線を引いたとしても、仕事のことが気になっているままにプライベートの時間を過ごそうとしても、実際には気持ちが切り替えられないことが科学的な研究で確認されています。
心の旅:そうなんですか!
Mr. SIY:はい。仕事のことを気にかけたまま、定時にシャットダウンして心に葛藤を抱いたままプライベートモードに入っても、脳はエネルギーを消耗してストレス状態になってしまうということです。また、一部の識者の中には、ワークライフ・バランスは逆にストレスを招くと主張する人もいます。なぜなら、ワークライフ・バランスでは、仕事とプライベートの間に明確な境界線を引こうとするからです。
ソラ:分かる気がする。私の今までのやり方は、ストレスを生んでいたということね。納得。
Mr. SIY:いくつか興味深い研究結果を共有しておきましょう。ベントレー大学助教授のブランドン・スミット氏率いる研究チームが600人以上を対象とした研究結果によれば、家庭と仕事の境界がより曖昧な人ほど、勤務中に家庭のことが浮かんでも仕事への支障が少なかったと報告されています。
ソラ:今までの線引きはなんだったのでしょうか〜
Mr. SIY:ドイツのロストク大学の研究では、無理に定時退社をして週末を迎えると逆にストレスとなり、定時を超えて仕事を終えて週末を迎えると満足感が得られるということが報告されています。
心の旅:あら〜。これまた、ワークライフ・バランスにイメージと逆な感じ。ひょっとしてここで、前回話していた認知上の役割転換、が関わってくるのでしょうか。
Mr. SIY:お、ココタビさん冴えてますね!
ソラ:え〜っと、認知上の役割転換??ってなんでしたっけ??
心の旅:脳は、気になることをやるのがエネルギーを効率的に使えて集中できるってことですよね。
Mr. SIY:そうです。ある役割に積極的に従事している最中に、異なる役割に関する思念が浮かんでくる時、その人は認知上の役割転換を経験している、と言えます。
ソラ:え〜っと、どういうことでしょうか??
Mr. SIY:例えば、今日はプレゼンの資料作りをする計画だとします。でも、なんだか気持ちが資料作りに向かわず、昨日受講したウェビナーの報告書作りのことの方が気になる時は、プレゼン資料作成の役割から報告書作成の役割へと、認知の転換が起きています。このような転換はたとえつかの間であっても、仕事の遂行に必要なエネルギーと集中力を消耗させるおそれがあります。
ソラ:え〜、そうなんですか!計画ありき、予定優先で仕事をすることがより効率的だと思っていました。
Mr. SIY:確かに、締め切りのあるものや頼まれて急ぎの案件で、計画通りにやらなければならない時もあると思います。しかし、「認知上の役割転換」という脳の働きを踏まえると、計画に縛られ過ぎてしまうことはエネルギーの無駄遣いをしてしまっているんですね。
心の旅:つまり、先ほどのケースであれば、資料作りではなく報告書の作成をした方がより集中してパフォーマンスを発揮することができるというでしょうか?
Mr. SIY:その通りです。これが実は、ワークライフ・バランスを難しくしている要因だと考えられています。
ソラ:今までの話を総合すると、無理に線引きをするのではなくて、家に帰っても気になることがあれば、やっちゃった方がいいってことですか?
Mr. SIY:そうです。ここにマインドフルネスの知恵が試されます。今、自分は何に注意が向っているかに気づくことで、エネルギーの無駄使いを防ぐことができます。自分は今、仕事のことが気になっているのか、それとも家族との時間を大切にしようとしているのか。そのことに気づくことからワークライフ・バランスは始まるのかもしれませんね。後々お話しするエモーショナル・インテリジェンスの基盤である自己認識も関わってきます。
ソラ:ここでマインドフルネスが出てくるのかあ。
心の旅:確かに、自分の線引きをするのもいいけど、今自分が何をしようとしているかに気づくことは大事な気がしますね。
Mr. SIY:自分の行動と思考と感情をしっかり観察することはとても大切なことですね。ちなみに、識者の間ではワークライフ・バランスではなく、ワークライフ・インテグレーション(融合)がより好ましいと提案する人もいます。
心の旅:ワークライフ・インテグレーションという言葉は初めて聞きました。どういう考え方なのでしょうか?
Mr. SIY:ワークライフ・バランスでは、仕事とプライベートを対立軸として捉え、明確な線引きをしようとしますが、これがストレスの原因になり、なおかつ生産性を下げているリスクがあるわけです。一方で、ワークライフ・インテグレーションは、仕事とプライベートを対立軸として捉えるのではなく、あえて線引きを曖昧にして、両者を緩くつながった関係性として捉える考え方です。「認知上の役割転換」という脳の働きを踏まえると、仕事とプライベートを融合するワークライフ・インテグレーションがより健全な仕事の取り組み方と考えられるのではないか、ということです。
心の旅:線引きするワークライフ・バランスは脳の働き方にふさわしくない。脳の働き方に合わせて私たちの働き方を考えるのが、ワークライフ・インテグレーションですね。
ソラ:そのために、自分の状況を観察するマインドフルネスが有効ってことね。
Mr. SIY:はい。ボールステイト大学とセントルイス大学の研究チームによれば、境界線を曖昧にして仕事と私生活を融合させれば、認知転換への対処がうまくなり、認知資源の消耗も抑制できるということが報告されています。
「家庭と仕事の境界がより曖昧な人ほど、認知上の役割転換をより多く経験したが、それによって消耗する度合いは低かった」
「仕事と私生活の分離に努めている人ほど、認知上の役割転換にはより多くの労力を要し、そのため仕事に支障を来たす傾向が強かった」
ソラ:なんだか、ワークライフ・バランスの考え方を見直してみる価値がありそうですね。
心の旅:前回からの流れで、マルチタスクの非効率性、ワークライフバランス、認知上の役割転換、ワークライフインテグレーション。こうしてみると、複雑な労働環境の中に身を置いているんだなあとしみじみ感じます。
Mr. SIY:私たちは、まさにVUCAワールドを生きていると言えるでしょう。
ソラ:ブカワールド?ですか?
Mr. SIY:はい。元々はアメリカの陸軍が作った造語で、リーマンショック以降はビジネス用語としても使われるようになりました。VUCAワールドについては次回見ていくこととしましょう。