マインドフルネスの誤解(前編)〜呼吸? 心の状態? 正念?〜
「マインドフルネスとは心の状態を指しているのではない。認識する意識的な行為そのものがマインドフルネス である。」これは、マインドフルネスをプログラム化して世に広めた功労者であるジョン・カバット・ジン博士(MBSR開発者、マサチューセッツ大学医学大学院教授)の言葉です。
マインドフルネスとは、心の状態を指しているものだと思っている方には意外に思える言葉ではないでしょうか。マインドフルネスについては様々な誤解があるようです。本コラムでは、マインドフルネスについての誤解を解きながら、マインドフルネスとは何かを改めて考えていきましょう。例えば、マインドフルネスとは呼吸のことだと勘違いされている方もいます。
マインドフルネスって、呼吸のことでしょ?
と誤解される方がいます。鬼滅の刃という映画が流行りました。呼吸がストーリーに大切な要素として組み込まれていることから、この映画を見てマインドフルネスに興味を持たれた方もいらっしゃったようです。確かにマインドフルネス において、呼吸はとても大切な行為です。マインドフルネスの代表的な実践法である呼吸瞑想は呼吸なくしては成り立ちません。ただ、マインドフルネス=呼吸という考え方は誤解です。
この誤解を解くために3つのことを明らかにしていきます。1つ目は、マインドフルネスとは何か。2つ目は、マインドフルネスにおける呼吸瞑想の位置付け。3つ目は、呼吸法と呼吸瞑想の違いとは何か。順を追って誤解を解いていきましょう。
マインドフルネスは心の状態か?
マインドフルネスは心の状態であるという説明があります。マインドフルネスは、「心が過去や未来ではなく今この瞬間にある状態」というニュアンスで「心の状態」として説明がされることがありますが、本来のマインドフルネスの文脈からすれば、適切な解釈ではないかもしれません。厳密に定義付けをしていくことは、賛否両論が伴うものですが、マインドフルネスについての理解を深める上で有効なことだと思われるので、「sati」と「八正道」という2つの視点からマインドフルネスについて考えてみたいと思います。
マインドフルネスとは何か?
マインドフルネスは、状態ではなく、意識的な行為と捉えられます。マインドフルネスをざっくり、シンプルに表現すれば、「気づいている」という意識的な行為そのものです。今、この瞬間の体の感覚、頭で考えていること、心で感じていること、周囲で起こっていることに「気づいている」ことがマインドフルネスです。トリッキーですが、マインドフルネスな状態は、気づいている状態ということになります。「今、ここ」という表現は、今、ここで起こっていることに気づいている、という意味で捉えられます。
ジョン・カバット・ジン博士は、マインドフルネスを以下のように定義しています。
マインドフルネス とは、特別な形で注意を払うことを意味する。それは、意図的に、今の瞬間に、評価や判断とは無縁に、注意を払うことだ。(サーチ・インサイド・ユアセルフ、チャディ・メン・タン著)
この定義に加えて、2019年10月に開催されたwisdom2.0Japanの講演の中で冒頭の言葉を述べていました。
マインドフルネスとは心の状態を指しているのではない。認識する意識的な行為そのものがマインドフルネス である。
satiから読み解くマインドフルネス
ここはマインドフルネスを理解する上で大切なポイントなのでもう少し詳しくみていきましょう。マインドフルネスというのは、元々「sati」(パーリ語)の訳語です。マインドフルネスの語源である「sati」の意味を理解することが、マインドフルネスを正しく理解することにつながります。「sati」の意味には主に3つあると考えられています。
① 言葉以前の気づき ② ありのままの注意 ③思い起こすこと(マインドフルネス 気づきの瞑想 バンテ・H・グナラタナ著)
「sati」の3つの意味からも意識的な行為として捉えられます。行為の一例として、筋トレという言葉を考えてみましょう。筋トレは、筋肉をトレーニングすることです。決して、筋肉の状態を表しているわけではありません。筋トレをした結果、筋肉がついて逞しい肉体の状態になるわけです。同様に考えれば、マインドフルネスに対する誤解も解けるのではないでしょうか。つまり、今この瞬間に起こっていることに気づいている(マインドフルネス)結果、心が今ここに落ち着いた状態になるということです。
マインドフルネスは正念か?
また、マインドフルネスは、仏教の八正道の「正念」である、という説明もよく見かけますが、実際には、「正念」だけではなく、他の要素と相互関係の中でマインドフルネスは成り立っていると考えられます。マインドフルネスに造詣が深くアメリカで坐禅指導をしていた藤田一照(曹洞宗僧侶)氏は、「日本のマインドフルネス」へ向かって(2014年)という論文を著しています。その論文の中で、正念は他の項目と独立しているのではなく、正見、正精進と密接な関係を持ちながら、三位一体となって働くことで、マインドフルネスが体現されると説明しています。同氏は、論文の中で八正道(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)を八つの有機的に統合された生活全般にわたる修行システムと説明しています。八正道は仏教の考え方なので詳細については専門書に譲りましょう。
まとめ
マインドフルネスの誤解を解くために、前編ではマインドフルネスの意味についてみてきました。マインドフルネスは、心の状態ではなく意識的行為であり、また、八正道における正念だけではないということが明らかになりました。マインドフルネスやsatiの定義の中には、呼吸という言葉が使われることはありません。では、なぜマインドフルネス=呼吸と誤解されるのでしょうか。おそらく、このように誤解する人は、マインドフルネスで呼吸瞑想や呼吸法を実践するイメージを持っているからでしょう。中編では、マインドフルネスと呼吸瞑想の関係性、呼吸法と呼吸瞑想の違いについてみていきましょう。