企業はなぜ失敗を繰り返すか 〜カギは職場の「心の安全」〜 (2021年12月26日日経記事)
2021年12月26日付の日経記事で、心理的安全性が取り上げられています。本記事では、三菱電機とみずほフィナンシャルグループの不祥事について、再発防止を誓ったにもかかわらず同じ失敗を重ねている原因として、心理的安全性の欠如を指摘しています。
「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」
「言ったもん負けの体質」
「見て見ぬふりの横行する風土」
「担当でないのに口を挟むな」
「言われたとおりにやっていればいい」
これらは、両社の組織の体質や企業風土の一例として取り上げられた表現です。これらの表現は、心理的安全性の欠如を如実に示しています。耳の痛い表現が並んでいますが、思いたる節がある方も多いのではないでしょうか。
三菱電機の従業員サーベイ
三菱電機の経営者と従業員の認識のギャップについて、興味深い従業員サーベイの結果が紹介されています。
「プライベートを多少犠牲にしても、組織貢献が求められる雰囲気があるか」
この質問に対し、「そうは思わない」と答えた人は部長級の64%、課長級の51%に対し、一般社員は37%と少数にとどまり、役職の高い人ほど「自分の部門は風通しがよく、個人を尊重する職場だ」と自己満足気味とされています。
両社の不祥事とサーベイを踏まえた上で、エイミー・エドモンドソン教授(米ハーバード大)の打ち出した概念である「心理的安全性」と米グーグルの社内調査「プロジェクト:アリストテレス」が紹介されています。
心理的安全性とプロジェクト:アリストテレス
エイミー・エドモンドソン教授は、著書「恐れない組織」の中で、心理的安全性を「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」と表現しています。気兼ねなく意見を述べるとは、思うことを口にすることに抵抗がなく率直に発言することができるということです。自分らしくいられるとは、その場でイキイキと過ごすことができて、自由に自己表現できるということです。(心理的安全性とは)
心理的安全性の学術的な定義は、以下の通りです。
「心理的安全性とは、支援を求めたりミスを認めたりして対人関係のリスクをとっても、公式、非公式を問わず制裁を受けるような結果にならないと信じられること」(Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,1999)
「プロジェクト:アリストテレス」は、180チームを対象に生産性やイノベーション創出力を計測し、活気のある職場と沈滞した職場の違いを分析した米グーグル社の社内調査です。調査の結果、各人が自由に発言し、積極的に意見を戦わせる心理的安全性のあるチームは成果を上げ、逆に抜群の実績を持つ人を集めたオールスター的なチームでも、心理的安全性が低いと期待に届かないことが判明しました。
本記事では、以前、マインドフルネスプロジェクトのコラム(2021.08.02)で取り上げた4つに象限分けしたフレームワークと心理的安全性に対する誤解が紹介されています。
「安全性の高いチーム」といわゆる「ヌルい職場」は似て非なるものだ。(日経記事)
本記事の「ヌルい職場」は、上記フレームワークの「ゆるゆるモード」に当たります。心理的安全性は、感じよく振る舞うことでも、目標達成基準を下げることでもありません。心理的安全性は、率直であるということであり、建設的に反対したり気兼ねなく考えを交換しあったりできるということです。そこには健全な衝突がある組織と言えるでしょう。
対立が起きた時に、異なる意見を言い合い、納得がいかない点を率直に話せる環境です。決して、「ゆるゆるモード」で感じよく振る舞うことや、気楽さ、心地よさを指すものではありません。
また、心理的安全性は、高い基準も納期も守る必要のない「勝手きままな」環境のことでも、職場で「気楽に過ごす」ことでもありません。いわゆる「ヌルい」組織ではありません。心理的安全性のある組織では、むしろ目標達成のために、率直に話し、好奇心旺盛で協力し合います。結果として、心理的安全性は高い成果をあげる環境の土台となります。
心理的安全性の改善事例
本記事では、心理的安全性の改善事例として、JR西日本と全日本空輸の取り組みが取り上げられています。
JR西日本 〜「ぶるぶる」からの脱皮〜
「ぶるぶる」組織は、自己表現をする自由はなく、とにかく成果を求められ責任ばかりが押し付けられる組織です。05年の福知山線事故で乗客106人の命を奪ったJR西日本は、典型的な「ぶるぶる」組織であったことを反省し、「ついうっかり」などのヒューマンエラーは懲戒対象にしないと決めました。
この結果、職場の心理的安全性が改善し、「立ち木の葉が茂り信号を見逃しそうになった」などの安全報告の件数が大幅に増えたそうです。ヒヤリハットの報告や失敗事例の共有は、格好の学びの材料となり改善を図ることで、より良いサービス向上の機会になり得ます。
全日本空輸〜「アサーション」〜
全日本空輸は整備チームに「アサーション(主張)」という制度を導入し、若い人や資格の低い人でも上位者に「これはアサーションですが……」と気付いたことを臆せず言える取り組みを始めたそうです。指摘した後のしこりを残さないために、指摘された側は「アサーションをありがとう」とまずは感謝を伝えるという工夫がされています。
指摘をされる側の謙虚さが試されますが、「アサーション」という共通言語を用いることは効果的なコミュニケーションにつながることは容易に想像できます。とりわけ伝統的な日本企業で、上位下達の文化が根強い組織では、上下間の円滑なコミュニケーションを実現するための有効なアプローチです。
まとめ
本記事では、「失敗を重ねる愚かな組織と、学習し賢くなる組織を分けるカギは、構成員の「心」のありようだ」と結んでいます。心理的安全性が欠如していると、コンプライアンスに基づいた発言も控えるようになり、不正や隠蔽につながるリスクが高まります。また、一方的なコミュニケーションを助長してしまい、ハラスメントの温床にもなりえます。非倫理的でハラスメントが横行する組織に高いパフォーマンスを求めるのは無理があるでしょう。むしろ、ネガティブスパイラルに陥り組織を停滞させ、VUCA世界で求められる新しい価値創造やイノベーションを妨げる結果を招くでしょう。
本記事では、具体的な解決策が示されていませんが、その鍵を握るのはマネージャーであるとマインドフルネスプロジェクトでは考えます。そのアプローチとしてマインドフルネスを通じた「マネージャーが自己認識を深めること」「マネージャーが心理的柔軟性を高めること」が有効です。
心理的安全性を高めるために必要なこと
心理的安全性を高めるためには、マインドフルネスの実践によりマネージャーの自己認識を深めることが求められます。自分の発言が周囲にどのような影響を与えるか、自分の行動がチームの目標や価値観に沿ったものになっているか。マネージャーは常に自己の言動に注意を払い、責任を持つ必要があります。なぜなら、マネージャーの言動こそが、チームの心理的安全性に大きな影響を与えるからです。
自己認識を深め自分の言動に気づき、より相応しい自分の行動を選択していくことが大切です。そのためには、心理的柔軟性を高める必要があります。心理的柔軟性は、「開かれた心で今この瞬間起こっていることに気づき、集中力をもって状況に対応し、自分の価値に沿った効果的な行動をする能力」のことです。心理的柔軟性が高まるほど、自分の思考や感情により上手に対処できるようになり、コミュニケーションが円滑になったり仕事で成果を上げたり、人生を豊かで意味あるものとしていくことができるようになります。
日経記事「企業はなぜ失敗を繰り返すか 〜カギは職場の「心の安全」〜(2021年12月26日)」