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心理的安全性

心理的安全性 事例研究:福島第一原子力発電所・事故

前回のコラムでは、心理的安全性の低い組織の特徴として4つの不安を取り上げました。不安は自己印象操作をもたらし、組織の学習や協働を妨げ、チームの生産性を低下させるだけでなく、扁桃体が活性化することで個人の生産性にも悪影響を及ぼします。本コラムでは、実際に心理的安全性が低い組織の事例として、ある医療機関の調査結果と福島第一原子力発電所・事故を取り上げます。

事例1:医療チーム

ミスが多い理由

心理的安全性という言葉の生みの親、エイミー・エドモンソン教授は、ある医療機関を対象にパフォーマンスの高いチームの特徴を研究していました。エドモンソン教授の仮説は、「パフォーマンスの高いチームほど、医療ミスが少ない」というものでした。ごもっともな仮説です。

ところが、調査結果は見事にこの仮説を裏切りました。パフォーマンスの高いチームほど、医療ミスの報告の数が多かったのです。混乱したエドモンソン教授は、データを整理していくうちにある事実に気づきました。それは、「パフォーマンスが高いチームは、医療ミスが多いのではなく、医療ミスの『報告』が多い」ということでした。

報告に対する姿勢

心理的安全性の程度の違いによって、両者の報告に対する姿勢が異なることから、仮説と異なる調査結果となりました。パフォーマンスが高いチームは、心理的安全性が高く、ミスをしてもそこから学び、改善する姿勢があるため、ミスをしたときに正直に報告することが分かりました。他方、パフォーマンスが低いチームは、心理的安全性が低く、ミスをして報告したら「怒られるかもしれない」「評価が下がるかもしれない」と考え、ミスをしたときに正直に報告をしないことが分かりました。

つまり、心理的安全性が低いチームでは、チーム内に不安を抱えているため、沈黙が選ばれ正直な報告がなされず、本来のミスの数は報告数よりも多かったということです。ミスを容認しないチームの姿勢は、学習機会を損ない、せっかくの改善、成長の機会を逸してしまいます。このような企業風土のなかで行われる精度の低い意思決定は、ビジネス上の失敗をもたらすだけでなく、ときに人命を奪う悲劇的な事故を招くことがあります。その事例として、福島第一原子力発電所・事故を取り上げます。

事例2:福島第一原子力発電所・事故

国策という大義名分

1つの目標の元に、組織が一致団結している状態は高いエネルギーと強い推進力を生み出し、大きなことを成し遂げるときに効果を発揮します。ただ、極度にその目標へのこだわりが強く、常に組織の利益が優先されてしまうと、意思決定プロセスや企業風土において組織が硬直化してしまうことがあります。そのような組織では、結果が重視され責任を負わされることで、恐怖や不安が社員の心を覆い、心理的安全性が脅かされてしまいます。

例えば、2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震で起きた津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所・事故です。事故当初、日本は、京都議定書で約束した「温室効果ガス排出量6%削減」という目標の達成のために、原子力発電の利用を推進していました。原子力発電は、発電過程で CO2 を排出しないことから地球温暖化対策を推進する上で重要なものと位置付けられており、安全確保を大前提に、原子力発電の一層の活用を図るとともに、基幹電源として官民相協力して着実に推進することとされていました。

我が国において各種エネルギー源の特性を踏まえたエネルギー供給の ベストミックスを追求していくなかで、原子力発電がエネルギー安定供給及び地球温暖化対策に引き続き有意に貢献していくことを期待するためには、2030年以後も総発電電力量の30~40%程度という現在の水準程度か、それ以上の供給割合を原子力発電が担うことを目指すことが適切である。(原子力政策大綱 3-1-2.原子力発電、2005年10 月)

このような考え方が大義名分となり、原子力発電の供給という目標の下に各電力会社は事業活動を行なっておりました。安全確保を大前提としていたはずですが、国会事故調報告書(以下、報告書)「第5部 事故当事者の組織的問題」では、東京電力ホールディングス株式会社(以下、東京電力)のガバナンスは自律性と責任感が希薄で官僚的であり、東電のリスクマネジメントにはゆがみがあり、安全確保よりも組織の利益を優先していたことを指摘しています。

原子力部門の経営が厳しくなる中で、近年「コストカット」及び「原発利用率の向上」が重要な経営課題として認識されていた。そのため、原子力・立地本部や発電所の現場に対しては「安全確保が最優先」と社内に号令をかけているものの、その一方で、 実態としては安全確保と経営課題との間で衝突が生じ、安全を最優先とする姿勢に問題が生じていたものと考えられる。例えば、配管計装線図の不備が長年放置されてきたことなどはその象徴であって、このことが、今回の事故処理においてベントの遅れを招いた原因の一つになっている。(報告書525ページ 東電の組織的問題)

国策としての原子力推進という大義名分と一企業としての利益追求という両輪が、東京電力の組織風土に影響を及ぼし、安全の重要性を疎かにしていたことが読み取れます。経営も現場も建前の安全と本音の利益を使い分けながら日々の業務に取り組んでいたことが、事故を招いた原因と考えられています。次に見ていくとおり、国会事故調は一貫して、この事故は自然によるものではなく人によるものであるという立場をとっています。

事故は天災ではなく人災

目標達成のために組織の利益が優先され組織が硬直化してしまうと、異論を許さない空気が生まれ同調圧力が強まります。この同調圧力が「沈黙」の状況を作り出し、率直に意見を言うことを阻んだり、偏った見方を生み出したりして、変化のある現実に対応することを難しくします。自己保身に走り、自己防衛的な反応をする社員が増え、小さな過ちを改善する機会を失い大きな過ちを犯すリスクが高まります。国会事故調、委員長の黒川清氏は、報告書の「はじめに」で、事故が「天災」ではなく「人災」であったと明記しています。

この事故が「人災」であることは明らかで、歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった。(報告書6ページ はじめに)

黒川委員長は、社会の仕組みや日本人特有の考え方にまで言及し、以下の通り「人災」について説明しています。「人災」とは、「目標達成のために国民の命を守ることより、組織の利益を守ることが優先された」結果、この事故が起こったことを意味しています。

その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころにまで遡る。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、複雑に絡まった『規制の虜』が生まれた。 そこには、ほぼ50年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造と、それを当然と考える日本人の「思いこみ」があった。経済成長に伴い「自信」は次第に「おごり、慢心」に変わり始めた。 入社や入省年次で上り詰める「単線路線のエリート」たちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けず安全対策は先送りされた。(5ページ はじめに)

上記で明記されている事故の根本的原因と考えられる「規制の虜」とは、以下の通り「規制する立場とされる立場の逆転関係」を意味しています。原子力発電はその危険性から政府の監視のもと規制をかけながら、安全性を確保して運営されるべきものです。東京電力の一企業としての組織的問題だけでなく、規制をする規制当局側の組織的問題および両者の関係性の問題もこの事故を招いた原因とされています。

当委員会は、本事故の根源的原因は歴代の規制当局と東電との関係について、「規制する立場とされる立場が『逆転関係』となることによる原子力安全についての監視・監督機能の崩壊」が起きた点に求められると認識する。何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は「自然災害」ではなくあきらかに「人災」である。(12ページ 事故の根源的原因)

「何度も事前に対策を立てるチャンスがあった」とされています。「チャンスがあったにも関わらず、そのチャンスを生かすことができず事故を招いた」ということが、この調査書の主張です。規制の虜が生まれたために、本来安全性を監視すべき規制当局の機能が発揮されず、東京電力の利益を優先する経営姿勢を是正することができなかったと考えられます。以下は、対策を立てるチャンスとして考えられる「耐震安全性評価」と「津波対策の検討」についての経緯です。

(耐震安全性評価と津波対策の検討経緯)
2005年8月 宮城県沖地震
2006年5月 溢水勉強会に想定外津波に関する検討報告
2006年8月 第5回安全情報検討会
2006年9月 保安院による耐震安全性評価の指示
2006年10月 耐震安全性評価の全社一括ヒアリング
2007年7月 新潟県中越沖地震発生
2008年5月 三陸沖の波源モデルを福島沖に流用して試算
2009年6月 合同ワーキング・グループにて貞観三陸沖地震・津波を考慮すべき旨の意見
2010年9月 耐震安全性評価の最終報告書の期限だが未提出

心理的安全性の欠如が招く沈黙

今回の事故は、これまで何回も対策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的な先送り、不作為、あるいは 自己の組織に都合の良い判断を行うことによって、安全対策が取られないまま 3.11 を迎えたことで発生したものであった。(報告書11ページ 事故の根源的原因

これだけの対策を立てるチャンスがあったにもかかわらず、チャンスを生かすことができなかった理由の1つに、心理的安全性の欠如が挙げられます。心理的安全性の欠如は、「沈黙」で特徴付けられます。質問や反対意見があっても率直な発言は控えられ、建設劇な議論に発展することは少なく、前例が重んじられ新しい考え方は拒まれます。国会事故調は、報告書「5-4-1安全文化を排除する仕組み」において、「疑問があっても、上司の前で質問をすることができない」と直接的に心理的安全性の欠如について指摘しています。

エネルギー資源の乏しい我が国の国策として原子力利用の推進がまず先にあって、推進のために国民と立地自治体に対して「安全の説明」が必要であるという文脈で規制が形作られてきた歴史的経緯がある。これが健全な安全文化の形成発展を阻んできた根本原因であるといってよい。ここで言う安全文化とは、自ら安全に対して現状に満足せず、より高い目標に向かって自己変革をしていくと言うことを示す。すなわち、組織の中で、安全について疑問があればたとえ上司の前でも質問をし、また海外の知見の取り込みなども積極的に行いながら自己変革を続けるという意味を持つ。(報告書545ページ 安全文化を排除する仕組み)

心理的安全性が欠如していたために、耐震安全性評価の信頼性や津波が来たときのシミュレーションにおいて、不明点があっても曖昧なまま放置され、建設的な議論は行われませんでした。組織の利益と組織の論理が優先される組織の中で、一社員が沈黙を破り声を上げることは自分の出世と自分の評価を脅かす行為となりえます。ましてや、原子力推進という国策の大義名分の下では、組織の考え方に逆らってまで現状に疑問を投げかけるような行動を取ることは難しかったでしょう。黒川委員長は、報告書の英語版で国民性と日本文化にまで言及し、婉曲的に心理的安全性の欠如が本事故の原因であることを世界に発信しています。以下は、英語版の報告書に記載されている黒川清委員長の言葉です。

What must be admitted – very painfully – is that this was a disaster “Made in Japan.” Its fundamental causes are to be found in the ingrained conventions of Japanese culture: our reflexive obedience; our reluctance to question authority; our devotion to ‘sticking with the program’; our groupism; and our insularity. (報告書英語版9ページ、 黒川委員長のメッセージ)

(日本語訳)
福島第一原子力発電所・事故はとても痛みを伴うが日本製の災害であることを認めねばならない。事故の根本原因は日本文化に根付いた慣習である盲目的な従順さ、権威を疑問視することへの消極性、決まった計画に固執することへの執着、個人主義及び島国的閉鎖性にあった。

事故を招いた原因は、心理的安全性の欠如だけではありません。政府や東京電力の事故当日の対応をはじめ、様々な要素が存在し、それらが複雑に複合的に絡み合って大きな事故になってしまいました。ただ、心理的安全性が関係組織の中にあれば、報告書が「天災」ではなく「人災」と結論づけていることからも、事故を免れることができたかもしれません。もしも、心理的安全性があり質問ができる組織風土であれば、防波堤の是非について真剣な議論が行われ、安全性確保のための対策が立てられていたかもしれないのです。

まとめ

心理的安全性の低い組織の事例として、医療ミスの事例と福島第一原子力発電所・事故を取り上げました。心理的安全性の低い組織の中では、発言よりも沈黙が好まれます。沈黙によって、ことを荒げることなく平常運転で業務をこなしていく効率性が生まれる一方で、学習の機会や改善の機会が失われます。

今回取り上げた2つの事例は、人命に関わるものです。医療ミスを放置した結果救えなかった命、事故が起きたために奪われた命があります。企業が何のために存在するのか、利益を上げるためにやって良い範囲はどこまでか、を明確にし、その存在意義と活動範囲を踏まえた上で、事業活動をしていくことが企業の持続性を高めます。人命を脅かすような事業活動をしていない企業だとしても、心理的安全性の欠如は不祥事や不正取引につながるリスクを高めます。存在意義と活動範囲を明確化するとともに、心理的安全性を組織内に根付かせていくことがVUCA世界の企業経営には求められているのではないでしょうか。

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