【レポート】ハーフムーンなんて存在しない〜「AI革命時代のマインドフルネス」レポート〜

2020年10月1日に大手町で開催された「AI革命時代のマインドフルネス~スタンフォード×鎌倉でヒトの進化を考える」のレポートです。スタンフォード大学のスティーヴン・マーフィ重松教授、Zen2.0代表理事の宍戸幹央氏、立教大学特任教授の梅本龍夫氏の3名が登壇しました。

宍戸氏は、マインドフルネスの基本事項やAIによる社会構造の変化、鎌倉での実験的な試みについて、お話されました。マーフィ教授は、自身のライフストーリーとアメリカでマインドフルネスを授業に取り入れている理由について、お話しされました。

中でも印象的だったマーフィ教授の「ハーフムーン」のお話を中心にお伝えします。

夜空を見上げると、月は満ち欠けていきます。満月の時もあれば半月、三日月の時もあります。でも実際に存在するのは、「フルムーンだけ」だとマーフィ教授は述べます。

半月や三日月なのは地球で夜空を眺め、太陽の光が当たる部分と当たらない影の部分があるから、私たちの目にはそのように見えているだけだということです。実際には影の部分にも月は存在し宇宙空間に浮かんでいます。


「我々人間も同じで、影のない人などいない、誰もが影の部分を持っている」とマーフィ教授は述べました。

フェイスブックやインスタグラム、ツイッターなどのSNSの投稿に上がってくるのは誰かの光の部分だけです。もしかしたら、その光にはいささかフェイクも混じっているかもしれません。普段、私たちは影の自分をさらけ出すことはあまりありません。VUCAの時代に私たちは様々な情報に翻弄され自分自身を見失いかけているのかもしれません。

マーフィ教授は、幼少期には、静かで平和な子で、クリスチャンの父と仏教徒の母に育てられたということでした。ところが、20代の頃にエリートとして学歴社会の競争で疲弊し、人とのつながり、社会とのつながり、自分とのつながりを失っていたそうです。マーフィ教授自身がダックシンドロームだったのかもしれません。


その頃、住んでいた3階建のアパートが火事で全焼し、ギターとシャツ以外は全てを失ったそうです。「この体験が自分の人生を変革した。」とマーフィ教授は述べました。全てを失い、古いものを手放すことで新しい道ができ、生まれ変わることができたのだそうです。


マーフィ教授は、日本の伝統工芸技術の金継ぎについて触れました。金継ぎは割れた器をもう一度使う物を大切に扱う精神を体現する先人の知恵です。割れた部分を隠すのではなく金で繋ぎ、敢えて目立たせ器を輝かせデザインを楽しむ創意工夫です。割れた器は割れたことでより美しく愛される器となります。

私たちは競争社会の中で、ハーフムーンの光が当たってる部分だけを強調して影の部分は存在しないかのように一生懸命に誤魔化そうとします。「実際には影の部分も存在し、その影の部分も含めて自分自身であり、そこには影のあるフルムーンだけが存在するのだ」とマーフィ教授は述べました。

「ハーフムーンなんて存在しないのである。」と。

「自分を変えたければ、まず自分を受け入れることだ。自分を変えようとするのではなく、影の部分も含めて完全に自分を受け入れることができれば、自分自身は変わっていく。これはパラドックスだ。」とマーフィ教授は述べました。


よく見せようと強みを主張すれば競争が生まれます。そして、かつてのマーフィ教授がそうであったように、もしくは、現代の私たちのように疲弊していきます。

強みを見せ合っても繋がることは難しいのです。弱みを見せそれを認め合った時、繋がりが生まれ、金継ぎをされた器のように、本当の自分が受け入れられ人から愛されます。

グーグルのアリストテレスプロジェクトでも心理的安全性のある環境が最も生産的なチームであることが示されています。もちろん強みが重要でないということではありません。弱みを見せ合える信頼関係の中で強みはさらに生かされ、お互い補い合いながらチームビルディングができるということです。

会社組織の中で、弱みを見せ合って仕事をするのは簡単ではありません。日本社会のカルチャーを踏まえれば、尚更です。しかし、時代は気づき始めているのかもしれません。私たちはおかしいと気づき始めているのかもしれません。だから、この講演にも160名もの人が何かを期待して集まったのでしょう。


マインドフルネスは意識の状態だと宍戸氏は説明しました。マインドフルネスは気づいている状態です。自分自身、相手、社会、宇宙に気づいていく、ということです。自分自身と向き合う時、私たちは、自分の影の部分を認め受け入れられるでしょうか。

私たちは、普段、影の部分やネガティブなものから逃れようとしたり、塞ごうとしたり、見て見ぬふりをしようとします。しかし、大切なことは、影の部分も含めて自分であることに気づいていくことです。「評価や判断をすることなくありのままに見ていく」と言うことです。

マインドフルネスには様々な定義がありますが、宍戸氏が示した定義の一つがそれをよく説明しています。

「子供の頃言葉を覚える以前に体験していた世界の見方」


私たちは、日頃の半分が上の空、いわゆるマインドワンダリングな状態と言われ、このような状態の時には、幸福感が低いと考えられています。過去の経験や信念が、思い込みや囚われになり、反射的、衝動的に反応してしまうオートパイロット状態に陥りやすくなります。

このような状態からマインドフルな状態になるためには、「気づく」ことです。その方法には瞑想を始め、トレランやヨガ、写経や華道、茶道など様々なアプローチがあります。

「武士が座禅を組んでいたのも、いついかなる時も冷静に対応するためであった」と宍戸氏は説明しました。

自分とつながることができれば、他者との繋がりが生まれ、社会、宇宙との繋がりが生まれます。


マインドフルネスは、自分を知って満足するものではなく、社会との関係性を築きその繋がりの中で、他者も自己も生かし生かされ共に生きていくための
ツールとなります。


マインドフルネス瞑想の実践で自分自身と向き合い、影の部分を受け入れ、本来の自分と繋がっていく時、今まで見ていた世界とは違う世界が現れます。物の見方が変わるということは、自分の住む世界が変わるということになります。仮住まいのフルムーンではなく、影のあるフルムーンの住人になるということです。

マーフィ教授が引用したアウシュビッツの生き残りで社会心理学者ヴィクトールフランクルの言葉で締めくくりましょう。

「人生に何を求めるかを問うのをやめ、人生が私に何を求めるているのかを問うように考えなければならない。」


これは「夜と霧」の中に出てくる言葉です。明日命を絶たれるかもしれない過酷な状況の中で自ら命を断とうとする者たちを勇気付け思いとどまらせた時にヴィクトールフランクルが語った言葉とされています。

私たちの人生は私たちに何を求めているのでしょうか。

今夜は雲に隠れて月の姿は見えません。でも気づいています。そこにあるのはフルムーンだということを。